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「分かってるな。おめーら。抜け駆けは禁止だ」
「生贄一人連れてきたから、オレ抜けてもイイじゃんかー」
「シャル、ずるイね。あきらめるヨ」
ノブナガが釘をさし、シャルがえーと口をふくらませ、フェイタンが刃物をちらつかせ睨みをきかす。
「っていうか、どういうこと?」
オレはマヌケな声をだした。
場所は、幻影旅団のアジトのひとつである。
砂と埃にまみれたヨークシンの近くの廃墟ではなく、小奇麗にしてある貸家のひとつ。全員が知る場所ではなく、初期メンバーを中心とした仲のいい面子で、時々利用する場所だ。そうシャルナークは語った。
自分が調べあげたわけじゃなく、シャルナークに連行された先で、場所はよくわからず、状況もよくわかっていない。
家の中に招かれ、ダイニングテーブルの一角に案内された。
その時にはすでにノブナガがおり、フェイタンがいた。
シャルナークのニヤとした笑いに、ノブナガはグッジョブ! とばかりにサムズアップした。その姿に嫌な予感で震えが走ったのは少し前の事。
そしてオレひとりをおいて去ろうとしたシャルナークの腕を即座につかみ、今度はオレがノブナガとサムズアップを交わした。
シャルナークの舌打ちに気分をよくするが、いまだに何が起きるのか分からない。
「いい加減にわかってくれればいいのにね。これじゃ拷問だよ」
「拷問と一緒ネ。この前、拷問した相手、最後にはコレがいやで心が折れてたヨ」
「おめーら、ぶつくさ言うなら本人に言え」
「言えるかっ」
「言えないネ。ノブナガ言うよろし」
「…………無理だ」
よく分からないが、すごく不安になるやりとりである。
「お、オレ帰るね」
立ち上がろうとした瞬間に、刃物がキラリと光る。
「逃さないネ」
「オレ無関係……」
抗議は軽くスル―される。基本、旅団のやつらは話を聞かない。
というか、何が起きるのか言え!
逃げる事もかなわず、ずずーんと暗い愚痴を言い合う3人に何がおきるかわからず、不安な時間を過ごすこと約30分。
「おまたせ」
シズクが対面の扉を開けて入ってくる。扉の向こうはどうやらキッチンのようだ。
「シズク?」
「ん? えーと。誰だっけ?」
シズクは口元に手をやって、考えこむ。オレはため息をついて再び自己紹介をする。ちなみに初めてではない。すでに5回はあっている。
思い出そうとするが思い出せなかったようで、まあいっか。と納得しているやりとりまでいつもどおりである。
「大丈夫よ。無害だから」
奥からパクノダもやってくる。そしてシズクの頭をなぜる。
「久しぶりね。今日はあなたもいるのね」
「状況はわかっていませんが」
オレは敬語で答える。パクノダは苦手意識が抜けないのだ。
一歩ひいたのもいつもどおりなので、彼女は気にせず微笑んだ。
「大したことじゃないわよ」
そして、ようやく状況を知る。
今日が何のための集まりか。
それは、
「試食よ」
ということらしい。
どどーんと置かれるケーキが1ホール。クッキーが1皿。
切り分けられる様子に、シャルナークを始めとした3人は無言である。
オレは首をかしげる。
甘いモノが嫌いなのかな。と思いながら、フォークを突き刺し、口に運ぶ。
こ、これは。
----ま、まずい!
目を見開いて、シャルナークをみれば無言で首をふる。
ノブナガをみれば、肩をおとされる。
フェイタンをみれば、フォークを無駄にケーキにつきさし、解剖に走っている。
甘みがない、そしてしょっぱい。なんというベタ展開!
「全部食べてね」
微笑むシズクの顔に、嫌な汗が流れる。
はたから見れば美女の手作りケーキである。羨ましいと思われてもいいシュチュエーション。だが何だこのバツゲーム!
これ、全部食べるまで終わらないのか? とアイコンタクトをすれば、苦い顔でうなずかれる。
抜け駆け禁止だ。とノブナガに睨まれる。
しかもこれは!
ほのかにチリチリする感覚に、嫌な予感がしてシャルナークをみれば、涙を流している。ノブナガもである。フェイタンは嫌な予感を感じ取ったのか、ほとんど食べていないから無事だ。
や、やっぱり……。
世の中には笑い茸というものがある。それの別バージョンで涙が止まらなくなる毒というものがある。
「あ、あの、なぜ毒入りなんでしょう?」
恐る恐る言えば、「おお勇者よ」と賞賛の視線を感じた。
「あら、まあ。本当?」
パタパタとキッチンに引きこもれば、「シズクこの瓶の中身砂糖じゃないわ」という声が。
「開けた覚えないよ」
ぽけーと返すが、君の覚えは信用ならないのだ。
「でも大丈夫ね。毒じゃないようだし」
(いや毒だから!)
3人の心がひとつにまとまるのを感じた。
食べきるまで見張られ、また試食に来てね。とお願いされた。
毒に対する耐性の差だと、大量の配分をされて、逆らう事ができずに結局涙したとか、そんなエピソードもあったりしたが、長く苦しい時間は終わりを遂げた。
みな目に生気はない、ただやり遂げたと安堵と、灰色の目だけが残った。
「パクは、お菓子づくり以外は完璧なんだけどね」
後にシャルナークは語る。
「だけど、そのお菓子づくりが趣味なんだ」
しかも、一人で作るのが味気ないと、シズクを誘う。そして事態が悪化するのだ。
「まず、台所に毒を置く事をやめたほうがいいとおもうよ」
「お前が言うなと言いたいところだけど、本当にその通りだよ」
シャルナークが素直に頷くのをみて、珍しいよりもさきに、共通の思いを抱きながら肩をおとした。
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